大切な人を送るお葬式だからさいじネットは読経・戒名入れを必ず行う葬儀プラン

読経は故人のためだけではありません。大切なお釈迦様の説法です

 

読経 ~拝むこととは~

「どきょう」「どくきょう」「どっきょう」などと読み慣わしている。

多くの僧侶が声をそろえて読経する場合は「諷経(ふうぎん)」とも言う。

「読誦」ともいうが、「読経」は経文を見ながら読唱すること、「誦経」は経文を暗誦することである。

経典の読誦は、本来、経典の意義を理解し実践するため、また経典を記憶し流布するためのものであったが、大乗仏教になると、しばしば「読誦」そのものに宗教的意義を認めるようになったというのがお経の意味です。

 

そもそもお経とは、お釈迦様の説法を言う事であり、総ての仏式事は、この説法から成り立っています。

俗に言う仏説と言うのは、

1. 経

2. 論

3. 釈 

から成り立ち、お経以外は”偈文”と呼ばれます。

ですから、人が亡くなられた際にお釈迦様の説法を説くことで、亡くなった人の供養と言うよりは、

参列された身内・近親者の方々へお釈迦様の説法を説く意味合いも強く持っているのです。

そして、今までとこれからの考え方を見直し、より良い人生を歩むためにも学ぶべきことを説いています。

 

読経を行うべき深い理由

 

私たち日本人は古くからこの考え方に則り、生活を重ねてきました。

これからも葬儀に限らず、日本人としてあるべき美しき行動や考え方を未来に繋ぐためにも、やはりお経は必要ではないでしょうか。

本当に人の事を大事に考えられている僧侶さんは世の中にたくさんいらっしゃいます。

人が亡くなってしまうことは確かに深い悲しみとなりますが、この機会に故人に対しても「これからをしっかりと生きて行きます」という決心をするためにも

お経は大切であると私たちは考えるのです。

 

実際、私の実兄が亡くなった際にも、お寺のお坊さんに非常にたくさんの良いお話と、お経の意味、お葬式のあるべき姿やこれから私たちが考えなければならない事を多く学ぶ機会会がありました。

 

コストダウンを追及されることが多くなってしまった近代社会において、これほど日本人としてあるべき姿について学ぶ機会を他に得られるでしょうか。

こういった意味合いも含め、さいじネットでのお葬式は必ずお経・拝みを行い、参列される方にも得られるものがあればと考えています。

これこそが、さいじネットのお葬式の姿だと私たちが考えるのです。

 

 

故人を大切にしたいからさいじネットは新しい葬儀プランをご提案します